サーブコープブログサーブコープについて【連載】舞台は世界 ! サーブコープの歩み 第1回 サーブコープは1つのオフィスからはじまった

【連載】舞台は世界 ! サーブコープの歩み 第1回 サーブコープは1つのオフィスからはじまった

先日の記事でご紹介したとおり、オーストラリアはシドニーの小さなスペースから始まり、現在では世界21ヶ国で、100拠点を展開するサーブコープ。世界各地のビジネス一等地で洗練されたサービスオフィス・バーチャルオフィスを提供しています。そんなサーブコープだからこそ、ときには想像を絶するようなハプニングや苦境を乗り越えてきたのも事実です。今回からは、困難を潜り抜けてきたサーブコープのユニークで波乱万丈なストーリーを4回の連載 『舞台は世界 ! サーブコープの歩み』の中で紹介していきたいと思います !

サーブコープの原点

officeまずはサーブコープ発足当時の話から。1978年アルフレッド・G・モーフォレッジは起業当時、ビジネスを運営するのに必要だったオフィス、受付、秘書をそろえました。ところが、この設立間もない会社で、有効活用しきれない部分にあまりにも費用がかさんでいることに苦心しました。そこで思いついたのが「これらすべてを共有し、必要なところだけに費用を充てれば経費が削減できる」というアイディアです。現在まで続くサーブコープのサービスの原点となっています。

サーブコープ設立(1978年)

chalk_smallサーブコープ社はシドニー MLCセンターの36階で契約した1つの小さなオフィススペースから始まりました。なんと、当時はチョークで線を引いてオフィスのスペースを区切っていたという逸話も残っています。「オフィスの区画を1つ売るごとにさらに1つ区画を契約していく」というスタイルで続けたところ、16オフィス、さらには25オフィスと拡大。いつしかビルのフロア半分にまで拡大していました。こうしてサーブコープは世界で初めて、高層ビル、しかもビジネスの中心地でのサービスオフィスの運営に乗り出したのです。小さなオーストラリアの会社にとっては、これはなかなかの偉業です。そして後には、世界を股に掛けた事業体に成長する運命に…(写真提供:stuartpilbrow

サーブコープの出発点となったシドニーのMLCセンターでは現在まで31年間、8つものフロアをキープしながら運営を続けています。設立翌年にはメルボルンにも足を伸ばし、ビル経営者に支払う家賃は月額で1万2千ドルにのぼるまで成長を遂げていました(現在では300万ドル)。

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サーブコープは創業当時から現在に至るまで、拠点の展開に重点を置いてダイナミックな成長を続けているんですね !

次回は引き続き、サーブコープ初の海外進出当時のエピソード、そして進出先のアジア各国でサーブコープの身の上に降りかかった事件を、歴史的背景を添えてご紹介していきます。それでは次回記事 「一筋縄ではいかないアジア進出」をご期待ください!

『舞台は世界 ! サーブコープの歩み』

1. 「サーブコープは1つのオフィスからはじまった」

2. 「一筋縄ではいかないアジア進出」

3. 「アジアでまだまだ続くサーブコープの奮闘」

4. 「サーブコープの現在」

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